「遊び」と「作業」の境界線
最近、スプラトゥーンレイダースを買って遊んでいます。ハクスラ好きの自分にぶっ刺さって、すっかりハマっています。
気が進まない、という違和感
ストーリーをひと通り進め、クリア後のコンテンツも一区切りついた頃のことです。YouTubeで偶然流れてきたレイダースのビルド解説動画を眺めていると、いろいろな発見があり、新しいビルドを試してみたくなりました。
なのに、いざ組もうとするとなぜか気が重く、楽しさが半減したように感じました。この違和感は何なのだろうと思い、少し言語化してみました。
ゴールを探すのか、ゴールに向かうのか
考えてみると、ストーリーを進めていたときと今とでは、やっていることの性質が違っていました。
- ストーリー中は、ゴールそのものを自分で探していた。ギアやガジェットの効果を読んで、「これとこれを組み合わせると強そう」「近距離ブキを使っているからこのガジェットと相性がいいかも」と考えて色々試す。まさに遊んでいる状態。
- 一方、他の人の強いビルドを真似ようとするのは、あらかじめ決まったゴールに向かって材料を揃える作業に近い。
自分にとっては、圧倒的に前者の方が楽しく感じました。正解が分からないからこそ、試行錯誤そのものが面白くなる。楽しさの正体は結果ではなく、探している状態そのものにあるのだと思います。
参考にはするけれど、決めるのは自分
他の人の情報を見るのもアリですが、タイミングと取り入れ方が重要かなと思いました。
まずはタイミングです。いつまで経っても目的のアイテムが出てこない、どうしても倒せない敵がいるといった状況もあります。自分だけで考えているとゲーム自体がつらくなってしまうので、そういう場合に攻略情報を参考にするのは定石だと思います。
そして取り入れ方。下記のようなバランスが自分には合っていそうだと思いました。
- 他の人のビルドはあくまで材料として眺める
- そのまま組むのではなく、気になった箇所だけを拝借する
- 最終的な構成は自分で決めて、試して、良し悪しを判断する
そうすれば、他者の知見を取り入れつつも「自分で探している」感覚は保てます。答えを写すのではなく、選択肢を増やすために見に行く、という感覚です。
趣味だけの話ではなさそう
書きながら思ったのですが、これはゲームに限った話ではありません。
仕事でも、決められた仕様をそのまま実装する、言われたことをその通りにやる、といった場面では「やらされている感」が出てくることがあります。一方で、自分たちの状況に合わせてどう組み替えるかを考えているときは、楽しみながら仕事ができたりします。
参考にする対象は同じでも、作業と遊びの境界線は、最終的な結論や方針を自分で出しているかどうかにあるのかなと思いました。
公私ともに忙しいと、つい自分で結論を出すフェーズを飛ばしてしまい、作業感が出やすくなります。忙しい中でもこのフェーズを飛ばさずにいられる方法を、探していきたいと思います。